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『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』読了

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)

なかなか良い本。翻訳本にもかかわらず非常に読みやすい。

途中まで書評を書いて、なぜかそのまま放置していた。珍しく紙媒体の本*1

書評というより訳者の見解に対する意見表明になっている。ま、ご愛嬌ってことで。

内容について

ダニエル・ピンク氏によるモチベーションについての考察本。

資本主義経済における「アメとムチ」のアメの部分の歴史を紐解き、行動科学の研究結果を紹介しながら現代の新しいモチベーションのあり方を考察している。

残念な点

この本はいい本だと思ったし、訳も非常にいい。その一方で「訳者まえがき」を読んで残念な気分になった。

訳者まえがきについて

イマイチ文章がこなれていですがひとまず公開。

p.6

現実に夥しい数の企業では依然としてあからさまなアメとムチが人事制度上使われているし、経営者がそれに対して疑問に思うこともない。

という文を受けて、

p.7

単純な生産作業であったり、プログラミングなどであれば、それもいいかもしれない。

と言っている。

単縦な生産作業とプログラミングを同一視していることに強い違和感を覚える。

プログラミング言語の表現力が乏しかった自体は、上流工程の設計工程に比べれば「単純」だったかもしれないけど、近年ではこれは的外れ。

というのは、プログラミング言語自体が進化し、従来は表現できなかった抽象的な概念をプログラミング言語で直接かけるようになってきているから。

大前氏が現場に近い立場だった頃(大前氏が若かった頃)は、上流工程の設計担当者が、複雑な抽象概念を自然言語(と疑似コード、フローチャート etc. )で詳細に書き下し、それを自然言語からプログラム言語へと逐次置き換えていたのだろう。 これは当時のプログラミング言語の表現力が低かったために成立した分業方式。

つまり、仕様書を書く側が抽象的な処理フローを具体的な指示としてドキュメントに書き、それをプログラマ(もっと言えばコーダー)がプログラミング言語で書き直す、という流れだったのだと思う。

ところが最近は、前述のようにプログラミング言語自体が進化しているし、開発ツールの利便性も大幅に向上している。ほぼダイレクトに抽象的な概念をプログラムに落とし込める時代。

生産性も劇的に向上している。プログラム自体がドキュメントと言えるような簡潔で抽象的なが重視されており、当然、プログラミングは単縦作業などではない。

設計とコーディング作業の境界が崩れているといってもいい。技術の詳細を知らない、プログラムを書けない人間が設計したところでコードを書く担当から見ればトンデモ設計な訳で、競争上優位に立てるような、「いいシステム」になるはずがない。

上流・下流の分業形式ではオーバーヘッドが大きすぎる。さらに言えば、現代のスピード感についていけない。

はっきり言って仕舞えば、もう大前研一氏は評論家としてはダメなんじゃないかと思う。プログラミングを頭脳労働ではないと認識している時点で。


プログラミングに限らず個人の能力差の大きい仕事を「誰でもできる」と決めつけて適切な報酬を払わないことが、最近の日本企業の凋落につながっているのではないのかな。

時間なり労力にはお金を払うけど、そういう知的な営みに対してお金を払いたがらない、こういうところが決定的にダメだと思う。

マネジメントに役に立ちそうなネタ

ルーチンワークのために

  • その作業が必要だという論理的な根拠を示す。
  • その作業は退屈であると認める。
  • 参加者のやり方を尊重する。

日本の課長クラスに全部欠けているような気がする。

報酬とクリエイティビティ

p.122

一方で、芸術家が報酬に対して、「何かを可能にするもの」、つまり、「この報酬のおかげで何か興味ある楽しいことができる」と見なせば、その作品の創造性は急上昇することにも、アマビルはこの時の調査で気づいた。制作代金の大きさが自らの能力についての有益な情報やフィードバックを与えるもの、と芸術家たちが考える場合もこの現象が当てはまった。

お金も捉え方次第。

p.124

言い換えれば、「条件つき」の報酬が逆効果を招く場合には、「思いがけない」報酬を与えれば良い。
(強調は原文ママ)

具体例とし作品の出来の良さを口実にてランチをご馳走する、具体的に褒めるなどが紹介されている。

pp.160-161

あるいは、管理体制が容認する「フレックスタイム」について考えてみよう。レスラーとトンプソンはこれを「信用詐欺」と呼んだが、その通りだと思う。柔軟性を持たせるとは、単に柵を広げ、時おり門を開けているに過ぎない。これも、親切づらしてコントロールする姿勢と大差はない。(中略)要するに、”マネジメント”をいかにドレスアップしても解決策にはならない。マネジメントという概念そのものが問題なのだ。

ドラッカーに喧嘩売っているのでしょうか。フレックスだけでなく権限移譲についても批判しています。

マネジメント自体、何様のつもりか、というのは個人的には斬新な印象を受けましたが、言われてみれば納得です。

弁護士が不幸そうに見える理由
  1. 172

ところが対照的に、法曹界では多くの場合(必ずしもいつもではないが)、ゼロサム・ゲームだ。誰かが勝てば、誰かが必ず負けるからだ。

他にも悲観主義、「自由裁量度がほんの少ししかない」が挙げられている。さらには時間に対して報酬を請求するため、時間を水増し請求する可能性に言及している。

確かに激務な上に裁量がないとか、悪人の弁護などストレスが多そうな気はする。

気になったところ

p.62

経済学とは金銭に関する学問ではなく、行動に関する学問だ、と語ったのである。

p.73

組織のフラット化が進むにつれ、企業には自ら意欲を起こせる人材が必要になる。これにより、多数の組織が、なんというか……ウィキペディア化を余儀なくされる。

これは笑った。

そのほか

  • レシピをレセピって書いてますが、なんなんだろう?

私自身の体験と照らし合わせて

私は子供の頃、家の手伝いをしないと小遣いをもらうことができなかった。それもタチの悪いことに、風呂掃除1回百円、洗濯物を洗濯カゴいっぱいぶん干したら五十円、というように従量制出会った(のちに単価を半額に切り下げられた)。

これが本書のロジックで行くと、労働への忌避感情につながっている。

本書に欠けているもの(独断による)

  • 人間、お金で動く人だけじゃないんですが?
  • 人間というのは焦るとダメ、というか急かされるとダメなんでは?

人間には色々なタイプがいるということを見落としている印象です。

## まとめ

訳者の見解について不満を書いているけど、基本的にいい本。嫌なことを嫌々渋々しなくていい社会が1日でも早く実現しますように祈っています。


おしまい。

*1:文庫の方が安かったから、だったかな

書評:『エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢』

購入したのが今年(2017年)の1月で、読み終えたのは2月かが3月あたり。そして今更書評を書いている。

メインのブログがサブのブログか迷ったのは事実だけどサブブログの記事が少ないのでこっちにする。

概要

渡米してアメリカ(シリコンバレー)で10年以上エンジニアとして働いている著者が就職活動から現地での働きぶり、レイオフの経験などを紹介している本。

著者が「はじめに」で書いているように、別に海外での就職を無闇に奨励している本ではない。

(前略)「日本人エンジニアはだれもが、アメリカで働くべきである」と主張したいわけではありません。エンジニアとしての能力の高さに関わらず、アメリカに合う人、日本のほうが向いている人、どちらも当然存在します。アメリカという外国に住んで働くことには、メリットとデメリットの両方が存在します。メリットの宣伝だけに偏ることなく、デメリットも同じように知っていただきたいと思います。
竜盛博. エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢 ~渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド (Kindle の位置No.50-53). . Kindle 版.

書いてあること

  • どんな人が向いているのか
  • ビザの話
  • アメリカでの就職・転職ノウハウ
  • コーディング面接
  • アメリカの職場の実体験
  • 解雇対策

書いてないこと

  • 具体的な年収
  • 著者の経歴の詳細*1
  • 「これさえやればあなたも海外就職」という魔法の処方箋

……現実は厳しい。

面白いと思ったところ

アメリカに合っている日本人エンジニア

アメリカに合っている日本人エンジニアとして以下の項目が挙げられている。別に全部に合致しなくとダメとは書いてないし、そういう目的のチェックリストではない。

・ソフトウェアの本場で働きたいと思う
・ずっとエンジニアとしてコードを書いていたいと思う
・会社と従業員は対等な契約関係だと思う
・海外に住むのはカッコいいと思う
・自分の仕事は難しいのだから、高給をもらえるべきだと思う
・自分の専門を活かす職を日本で見つけるのは難しい
・自分はどんな環境でもやっていけると思う
・情緒より理屈で物事を考える
・たいていのことは自分でやってしまう
・日本の○○のノリが苦手だ
・日本の人間関係のウェットさが苦手だ
・お酒を飲めない
竜盛博. エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢 ~渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド (Kindle の位置No.524-531). . Kindle 版.

ずっとコードを書きたいか?と言われると自信がない。それと「情緒より理屈」というのは違う感じがする。お金のために割り切るとか、個人的信念を捨てて仕事ができるかというとNO。

どうしても感情に流されてしまう傾向があるのでアメリカには向いてないかな。他の項目は全てYES。

語学力も必要だけど海外移住のためには感情に流される悪癖をどうにかしないといけないというのは非常に参考になった。

役立ちそうなノウハウ

他にも色々あるけど一部だけ。

面接の通過率を上げる

ほとんどの日本人は抵抗を覚えると思いますが、非英語圏出身者が面接に呼ばれる確率を上げるためのトリックがあります。それは、英語のファーストネームを使うことです。
竜盛博. エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢 ~渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド (Kindle の位置No.961-963). . Kindle 版.

キリスト教の洗礼名みたいな感じなのだろうか。ジョン万次郎の「ジョン」とか海外かぶれの日本人のカタカナネームも同じような理由?

他に思い当たることといえば、過去に英会話の研修で「あなたの名前は発音しにくいからビジネスネームを名乗ったほうがいい」という趣旨のことを言われたことがある。呼びにくい(発音しにくい)名前は不利というのは、そうなんだろう。

野球選手の松坂大輔選手の「大輔」も発音しにくいから現地では"dice-k"とかニックネームがついたとかいう話もこれと一緒か。

個人のアイデンティティに関わるものを発音しにくいから、呼びにくいからという理由で別名にしていいのかなあ?

日本でも江戸時代はよく名前を変えていたらしいし、ペンネームみたいなものと割り切るか。

同僚の振る舞いに不快に思っているとき、理不尽な目にあったとき

感情を爆発させてはいけない。

理不尽な問題があった場合にどうすればいいかというと、問題が小さいうちに話し合うことです。不快なことをされたら、不快であることはしっかりと伝えましょう。真面目な表情で“It’s not acceptable.”などと言えば、たいていの人は同じことを繰り返したりはしません。
竜盛博. エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢 ~渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド (Kindle の位置No.2194-2196). . Kindle 版.

まとめ

合理的で飲み会のない社会というのは憧れるけど、ビザの壁は大きい。とりあえず足りないのは英語力、技術力、そして車の免許、かな。

免許はペーパードライバー状態から目の病気で失効してそのまま放置しているかなあ。ついでに速度恐怖症気味だからあまり運転好きじゃないし*2


海外就職に興味がある人は必読の一冊だと思います。

読書の秋ということで一度読んでみてはいかがでしょうか。

それではまた。

*1:全く書いてないわけではないけど

*2:正直教習所に通った時間と費用、無駄だったと思っている。

みんな本音では働きたくない、そうですね?(書評:『働かないアリに意義がある』)

少し前に一世を風靡した、というか話題になった本。読み終えてからかなり時間が経っていますが一応。

働かないアリに意義がある (中経の文庫)

働かないアリに意義がある (中経の文庫)

この本が話題になったということは、実は……

みんな働きたくないんですね。

わかります。

概要

怠け者に働かない大義名分を与える福音書、ではないです。

真面目にアリの生態を観察した結果から、予備戦力というか交代要員を一定数確保しておいた方がいいという趣旨の本。 前半は「働かないアリ」がもたらす効用の解説、後半はアリの生態についての謎解き。いろいろとアリの生態に関する面白いネタが記載されているので読んで面白いです。

本文でも言及がありますが、アリの生態の研究というのは決して暇人の道楽ではないそうで、かなりの激務だったとのこと。

実際は1日に7~8時間の観察を2ヵ月以上続けるというハードな研究で、観察を担当した1名は疲労から途中で点滴を打ちながら観察を続け、血尿まで出した、という大変な実験だったからです。まさに血の滲む思いで遂行された研究なので、いまこうして本にまでなると、感慨深いものがあります。
長谷川 英祐. 働かないアリに意義がある (中経の文庫) (Kindle の位置No.631-634). . Kindle 版.

理工系の実験も研究室によってはかなりツライですが、生き物を相手にする研究もそれ以上にやばい、と。

学んだこと・感想

  • ハチやアリにも過労死がある
  • 動物は動くと必ず疲れるし、休息が必要(たとえ昆虫でも)
  • コロニー(アリの群れ)の危機に際して、すぐに全ての働きアリが行動を開始すると途中でバテて状況に対処できない
  • すぐに行動するアリと、そうでないアリが存在することで状況の変化への対応力が高まる
  • 「働かないアリ」とは他のアリに先を越されるなど何らかの理由で「働けないアリ」
  • どんな研究が役に立つかは、想定外の事態が発生するまでわからない(ex. 狂牛病の原因物質)

民間企業は「優秀な人材」を求めてしのぎを削っているけど、優秀でない人、普通の人はどこへ行けばいいのか、疑問に思いました。もちろん、平均以下の人も。

サラリーマンに向いていない人の行き場を社会として用意する必要がある、と思います。それも分かりやすい形で。

最近、欧米企業が従業員の多様性を気にしているのは政治的な理由だろうと思いますが、もしかすると多様なバックグラウンドを持った従業員の存在が企業の存続に寄与するケースも出てくるのかもしれないと期待しています。ただこの場合はそういう従業員の存在を組織として許容するような成績評価の基準がないとダメだろうと思います。

アリの場合はコロニーの繁栄あるいは種の存続という観点だけでいいけど、人間の作る組織では単純にはいかないので話がややこしくなる。

まとめ

何はともあれ普段は「働かない」予備戦力の存在と多様性がいかに重要かをわかりやすく解説している良書です。

ブームはすでにすぎているように思いますが、読書の秋ということでゆっくり読んでみてはいかがでしょうか。
それでは。

書評:『隷属なき道』

購入から時間が経ってしまったけど読み終えたので簡単に。

隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book)

隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book)

概要

簡単にいうとユニバーサル・ベーシックインカムについての啓蒙書。

今では週休二日、1日8時間労働が普通だけど、どういう流れで今の労働慣行が出来上がったのか、詳細に歴史を紐解いている。そしてそこから、現在の社会問題の解決手段として「ベーシックインカム」と国境の解放を提案している。

ここ数年の世界各国の事例を紹介しながらベーシック・インカムのメリットを解説している。 イギリスのホームレスや、発展途上国への国際援助など貧困層に「まとまったお金」を無条件に渡すことで通常の福祉政策を上廻る成果が出た事例が衝撃的。

巻末の解説によるとタイトルは『隷属への道』のもじりらしい。

参考:ハイエク「新・隷属への道」 「自由の哲学」を考える 公開霊言シリーズ

感想

印象的な箇所の抜書きから。

ぼくたち世代の優秀な人の頭にあるのは、世間の人にいかに広告をクリックさせるかということだけだ」。かつて数学の天才と賞賛されたある若者が、最近、フェイスブックでこう嘆いた(33)。
ルトガー・ブレグマン. 隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book) (Kindle の位置No.318-321). 文藝春秋. Kindle 版.

このくだりをネットの紹介記事で読んだのが購入のきっかけ。

「貧乏人が貧乏である第一の理由は、十分な金を持っていないところにある」と、経済学者チャールズ・ケニーは言う。「ゆえに、彼らにお金を与えると、その状況が大いに改善されることは、驚くにあたいしない」
ルトガー・ブレグマン. 隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book) (Kindle の位置No.468-469). 文藝春秋. Kindle 版.

これこそまさに「先立つものは金だよ」という話。食べ物でもまとめ買いすれば安いのに、それができないために割高な弁当を買ったりせざるを得ないとかいくらでも具体例を思いつく。

スピーナムランド制度の話

これまでにもベーシックインカムに近い制度はあったのにもかかわらず当時の支配階級によって妨害されてきたというのも衝撃的。

例えば、イギリスのスピーナムランド制度。

イギリス南部のある地域では、もはや抑圧とプロパガンダだけでは大衆の不満を抑えきれなくなっていた。そこで一七九五年五月六日に、バークシャー州スピーナムランド村の行政官らが集まり、貧困層への支援を急ぐことに合意した。かくして、「勤勉ながら貧しい男性とその家族」の所得は、最低限の生活ができる水準(パンの価格と家族数から算出した)まで収入を補塡されることになった。
ルトガー・ブレグマン. 隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book) (Kindle の位置No.1203-1206). 文藝春秋. Kindle 版.

当時のイギリスにはもともと、老人とか未亡人への救済制度はあったとのこと。その上で「勤勉ながら貧しい男性」を対象にしているのが特徴。「収入が補填」としか書いてない。裕福な人は対象外だったのは確実だが、働かない方が得という制度にも見えず。

スピーナムランド制度はたちまちイギリス南部全域に広まった。当時の首相、ウィリアム・ピット(小ピット)は、それを国の法律にしようとさえした。どう見てもそれは大成功で、餓えと困窮は減り、さらに重要なこととして、革命の芽を蕾のうちに摘み取ることができた。
ルトガー・ブレグマン. 隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book) (Kindle の位置No.1213-1216). 文藝春秋. Kindle 版.

ところがここから反対派の暗躍というか妨害工作が始まっていく。十九世紀の暴動をきっかけに、結果としてこの制度は廃止されてしまう。

ロンドンでは、政府の役人は何らかの手だてが必要だと悟った。農業労働の状況、地方の貧困、そしてスピーナムランド制度について、全国的な調査が始まった。一八三二年の春には政府による史上最大規模の調査が行われ、調査官は何百人もから話を聞き、大量のデータを集めた。報告書は一万三〇〇〇ページにも及んだ。だがその結論は、一言に要約できる。スピーナムランド制度は大失敗だった、と。 この王立委員会の調査官らは、スピーナムランド制度は、人口の激増や賃金カットや不道徳な行為を招き、とりわけイギリスの労働階級の劣化を導いた、と非難した。
ルトガー・ブレグマン. 隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book) (Kindle の位置No.1235-1240). 文藝春秋. Kindle 版.

そして150年後。衝撃の結論。

一九六〇年代から七〇年代になると、歴史家らはスピーナムランド制度についての王立委員会の報告書を見直し、そこに記された報告の大半が、データの収集前に書かれたものであることを突き止めた。配布された質問状のうち、回答されたのはわずか一〇パーセントだった。さらに、質問は誘導的で、選択肢が限られていた。しかも聞き取りの対象者には、受益者がほとんど含まれていなかった。
ルトガー・ブレグマン. 隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働 (文春e-book) (Kindle の位置No.1258-1262). 文藝春秋. Kindle 版.

調査の責任者は誘導尋問が得意だったらしい。詳細は省くけど結局は恣意的な捏造報告書が世界を悪い方向に変えた、と。


スピーナム制度についてググると「失敗だった」ということになっているけど、そもそもの根拠たる報告書が捏造って。

参考(本文の注釈にあるリンク):https://www1.umassd.edu/ir/resources/poorlaw/p1.doc

これからの労働について

私の個人的見解としては、労働というのは暇つぶしの娯楽になるのではないかと考えている。スポーツという単語の語源が「気晴らし」であるように。

スポーツ自体は狩猟採取時代の狩りの名残みたいなものだと考えれば何も的外れではないと思う。

例えばサッカーはボールを獲物だと考えれば罠のある場所まで獲物を追い込む狩りみたいなもんだと言えなくもない。


ベーシッックインカムのせいで人が働かなくなるというのは搾取する側のロジック。

病気で退職した経験から言わせてもらうと、何もすることがないというのは結構苦痛。この苦痛から逃れるために仕事をするというのは十分あり得る。

まとめ

労働慣行の変化についての歴史書として読んでもいいし、娯楽感覚で読んでもかなり楽しめる1冊。

ベーシックインカムに反対の立場の方も読んで損はないと思います。

人工知能とITという脅威が実現を後押ししてくれるのではないかと期待している今日この頃。

それではまた。

書評:数学文章作法 基礎編

読んだのはかなり前だけど書評を書いておく。

数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫)

数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫)

作法は「さくほう」と読むのがポイント。著者は数学ガールの著者として知られる、結城 浩氏。

最も重要なこと

「はじめに」に書かれているとおり、この本の最重要ポイントは、以下の1行に凝縮されている。

読者のことを考える
結城浩. 数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫) (Kindle の位置No.155). . Kindle 版.

残りのページは具体例と解説といってもいい。 ただ、これには前提条件があっての話。

上記の一文の少し後に出てくる、次の一文こそ結城氏の真髄ではないかと思う。

私はいつも,正確で読みやすい文章を書きたいと思っていました.
結城浩. 数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫) (Kindle の位置No.171-172). . Kindle 版.

言いたいことはシンプルで、この「正確で読みやすい文章を書きたい」という「思い」があってこその、「読者のことを考える」ではないかと思った。

文章を書く動機について

個人的には不労所得で楽がしたいという思いがある。それと何となくパソコンの前に座って、ガチャガチャとキーボードを叩くこと自体が何となく楽しい。

そういう不純な動機の人間からするとこの本の、「読者のことを考える」というのは少し高尚すぎる気もする。

ブログぐらい書きたいように書いてもいいでしょ? というノリで書いているので。

ただ、文筆業でお金を稼ぎたいなら、理科系の解説文でなくとも、例えばライトノベルでも読者層について意識して書かないといけないのだろうとは思う。

書く動機に関していえば、自分が顔も名前も知らない誰かの書いたブログ記事に助けられたから同じように書いている面が少なからずある。

誰が読むかは知らんけど、少なくとも未来の自分が読んで役に立てばいいと思いながら今日もキーボードを叩いてる。

まとめ

各章で解説されているテクニックはどれも理にかなっているし、特におかしいと思った箇所はない。時間がないなら「はじめに」と第8章のまとめを読んで、個別の気になるトピックを読めばいい。

本という媒体(というか文章)を通じて何を伝えたいかが明確で、非常に丁寧でかつ簡潔で見事な文章だと思う。

本当にいい本というのは、主張が明確で、あちこち引用する必要がない本なのかな。


定期的に読み返すようにして、文章力の向上につなげたい。

それでは。

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