敷かれたレールに挑戦する?(書評:ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか)
Kindleのポイント還元でまたポチッといってしまいました。今回紹介するのは「ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか」です。
著者について
PayPal の創業者、ピーター・ティール氏の書いた起業のヒント本です。というか、いわゆるエリートコースへの挑戦乗でしょうか。
正直なところ、ときどき(止むを得ず)PayPalを利用することはありますが、どういう人間が立ち上げたのかということには無関心でした。 意外なことに法曹界を目指しながらも挫折して起業家になったそうで。
高校時代に爆弾を自作したとかどうか書いてあるので、根っこの部分でテクノロジーオタク的なところがあったのか。
面白いと思ったところ
世界的に成功した起業家の思考パターンを垣間見ることができるというのは貴重です。IT系の起業家、プログラマで有名な方というのは結構な確率でSFに影響されているようで。
本書の著者の場合はSFに登場する電子送金に影響を受けたとか。 日本の経営者とは完全にスケールが違いまよね、そもそもSFに影響を受けて起業して。その上で世界を変えてやろうというノリは日本ではまず無さそう。子供のような発想でありつつも、スケールが大きいというのがアメリカのすごいところ。
PayPalの創業者の考え方は日本のIT関係者だとペパボの家入氏が近いのかな、という印象。 採用についてとか、プロダクトはどうあるべきかという点についてだけで、人間としてはもちろん別です。
機械と人間について
私が一番面白いと思ったのは機械と人間の関係に対する著者の考え方。
(前略) どちらの側も、より能力の高いコンピュータが人間の労働力に置き換わるという前提を疑っていない。だけどその前提は間違っている。——— コンピュータは人間を補完するものであって、人間に替わるものじゃない。 これから数十年の間に最も価値ある企業を創るのは、人間をお払い箱にするのではなく、人間に力を与えようとする起業家だろう。
Googleに代表されるようなIT系企業の技術者、経営者はコンピュータを全能であると捉えがちな気がしますが、この著者はそうでないようです。 人間を補完するものという考え方は新鮮。
確かに新しいイノベーションの普及に際して、人間という既得権益者を排除しようというとすれば反発は必至でしょうし。 誰かを攻撃するような宣伝は場合によっては人を不快にする可能性があるわけで、誰かを傷つけない、不安にさせないような宣伝の仕方が重要なのかもしれません。
ことさらにコンピュータの優位や技術の素晴らしさを強調するだけだと失業の不安や社会への悪影響を懸念する声が高まるのは確実でしょう。 その点、この本の著者のスタンスは面白い。
人間と機械が全く違うということは、コンピュータと手を組めば、人間と取引するよりもはるかに多くの利得があるということだ。
ありがちな機械(コンピュータ)が人間の仕事を奪うという考え方とは違う発想。 コンピュータ恐怖論者に読んでほしいですね。
営業の重要性
ずいぶんとしつこく作れば売れると思うなよ、と警鐘を鳴らしています。たしか未来工業の社長さんの本にも似たようなことが書いてあったような気がします。中小企業こそ営業が重要だ、とか。
ただし、目先のノルマのために非道を働くような営業は「セールスマン」としてこきおろしています。同時に営業を軽んじる技術オタクもこきおろしていますが……。
演技と同じで、売り込みだとわからないのが一流のセールスだ。 営業にしろマーケティングにしろ宣伝広告にしろ、販売にかかわるほとんどの人肩書きが、「営業」と無縁なのはそういう理由だ。
なかなか面白いですね。訪問販売や飛び込み営業とくれば警戒するのは当然ですから、そういう露骨でない営業というのは盲点です。 例えば携帯電はにしても、テレビCMや雑誌、ネットから情報を得ているわけで、そういう宣伝こそ営業、ですね。
そういう意味では一般消費者には営業という言葉は死語で広報だのマーケティングだのといった、イメージ戦略が大事なんでしょう。
商品の販売価格に応じてアプローチを変えるべしとも書いてあります。
あとはおまけ。
マスコミを信用しないおたくたちはマスコミを無視しがちだけれど、それは間違いだ。
へいへい。
べき乗則について
度々「べき乗則」という単語が登場します。結局のところ、有名なランチェスターの第二法則のことでしょう。。一対一ではなく、状況に応じて一つの施策が何倍もの効果が産むようなものを活用しろ、と。IT系サービスの世界でいうネットワーク効果とか。
また、最初に小さな市場で熱烈なファンを獲得しろという著者の主張もランチェスター的です。こちらは第一法則、つまり武器性能と兵力の多寡が勝敗を決するという理論。
ランチェスター戦略については「三国志で学ぶランチェスターの法則」がオススメです。三国志をと絡めて各種の戦略論を紹介している本です。
残念なところ
翻訳者よりも日本語版序文を書いたコンサルタント崩れの名前がアピールされていて幻滅です。 巻末の著者プロフィールに日本語版の序文を書いただけ、の人間のプロフィールを書く必要など存在しないはずです。
Amazon.co.jpのレビューにある通り、日本語版序文は読み飛ばして問題ないです*1。マーケティングだろうと広告宣伝でか知りませんけどね。 私自身、この序文を書いた方の著書は有益であると思いますしが、変なところにしゃしゃり出てドヤ顔しないでいただきたい。
まとめ
なんというか逆張り、常識の逆をいくという感じの内容の本です。ただの天邪鬼でもなければ技術オタクでもない。一般的な「おたく」がやりがちな失敗を上手く回避したというのが著者の成功の一番の要因に思われます。
うまく流行のトレンドを掴みつつも踊らされないという点でさすがにシリコンバレーの投資家だよなあ、というのが一番の感想です。
読み物としても面白いですが、企業のみならず株式投資へのヒントとしても参考になると思います。
ではでは。
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*1:商業主義に加担するという点で序文を書いたご本人のイメージダウンでは?