書評:『アメリカ人の物語1 青年将校ジョージ・ワシントン』
ちゃんとした書評を書こうと思いつつ、うまくまとめられずに入手から1年経ってしまった……。
『アメリカ人の物語 第1巻 青年将校ジョージ・ワシントン』およびアメリカ人の物語シリーズについての書評(感想)記事です。
電子書籍版の方は合本版でリリースされている分は全部読んでいるので、一部まだ紙媒体として出版されていない部分についての感想を含みます。
技術書は電子書籍の方が断然いいですが、人文系はハードカバー本の方が紙の質感、組版、その他諸々含めて趣があっていいと再認識している今日この頃。
アメリカ人の物語シリーズの概要
同じ名称でKindleでリリースされていたものが商業出版としてシリーズ化・再編成して出版されているもの。
アメリカ人の物語 第1巻 青年将校ジョージ・ワシントン (アメリカ人の物語 1)
- 作者: 西川秀和
- 出版社/メーカー: 悠書館
- 発売日: 2017/01/20
- メディア: 単行本
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特筆すべき点はアメリカ史の専門家が書いている点。小説家が歴史をネタに書いた小説の類と違って余計な脚色・演出の類は基本的にない。
- 出版社の紹介ページ:「アメリカ人の物語」シリーズ [第一期 建国期の躍動] 第一巻 青年将校 ジョージ・ワシントン - 【悠書館】
- 著者ご自身による紹介ページ:ほぼ日刊『アメリカ人の物語』: Webチラシ -著者ご自身による補足資料: 『アメリカ人の物語』関連地図集
現在のところ紙媒体版(商業出版)は2巻のまで発売されています。
タイトルが似ているように、構成にローマ人の物語と似ている部分もある。しかしながら、あの独特のくどい塩野氏の個人的な好みについての文章はない。なのでローマ人の物語のようなくどい文章が嫌いな人でも問題なく読めるはず。
Kindle版は合本版と分冊版が別れているので注意。またKindle版の第1巻はワシントン登場以前の、初期の移住者についての話から始まっている。
このシリーズのご利益
シリーズ全体を通して読むことで、以下について深く学べるはず。
- 大統領選挙の選挙制度に至った背景
- 二大政党制の源流*1
- 連邦制の思想的背景
- アメリカの建国の父と呼ばれる人々の人となり
- 公共の善という概念
もちろん娯楽として読んでも面白い。
※ あくまでも個人的見解です。
主な内容
電子版の1巻の、初期の入植者とネィティブ・アメリカンの逸話(ジェームズタウン)はカットされ、ワシントンの家族・生い立ちの話からスタート。 家族の話は病気で亡くなったお兄さんの話が印象的。ワシントンの生い立ち、教育、そして軍人としての初期のキャリア。農園主としての生活ぶりなど。独立戦争の開始のきっかけとなった事件(第5章)のところまでが紙媒体版の1巻の内容。
この巻の特色は当時の時代背景と、当時の生活事情と人々の価値観。続巻では政治思想にもフォーカスが当たっていく。 当時の人たちの価値観とか、社会情勢も詳しい。インディアンがブランデーに弱かったとか、限嗣相続とかいうシステムは知らなかった。
そもそも教育を通じて古代ローマの影響を少なからず受けていたとか、政治的な主張に際してペンネームに古代ローマ人の名前を使ったりとか、地味な文化的背景についても興味深い。
電子版との差異
電子版の感想など:Kindle Unlimitedで読んだ本と簡単な書評(2016年9月後半) - ながいものには、まかれたくない
- 表紙がオリジナルよりエレガントな雰囲気に(天使の挿絵)
- 地図が見やすく、必要に応じて挿入図が追加されるなど詳細化*2
- 参考文献と注釈のカット*3(紙面の都合から必然)
- 挿絵のモノクロ化(webでカラー版が閲覧可能)
- 紙媒体版の方が読みやすい印象
- 年表が省略されている
出版社による編集が入った関係か、全体的に洗練されている印象。インターネットを使えば個人で本を出せる時代だけど、やはり出版社のプロの力は大きい。
ルビの振ってある箇所が大幅に減った。そもそもルビを振る必要のある単語自体がなくなって読みやすくなってる。電子書籍版は(理系の人間が)普段目にしない難しい単語が多くて読みづらかったが、 そういう箇所はほとんどなかったと思う*4。
話の途中で登場する人物 の生い立ちに言及するところで年代が前後する箇所があるので各章ごとの年表はあったほうがよかったかも。
著者ご自身のページに電子書籍版に対応する年表はある。
感想
高等専門学校から大学に編入学した関係*5で、アメリカの歴史については小学館の「漫画世界の歴史」ぐらいの知識しかなかったのでこのシリーズ(電子書籍版含む)を読んだことによる知識の向上は大きかった。
アメリカの建国に関わった人物について、生い立ちや人となり、その人物の生きた時代背景について知るとガラリと変わった。 おそらくワシントンやフランクリンの個人の伝記を読んだとしても、それは個々の点か線を辿っているだけでしかない。
その点このシリーズだと面は無理だとしても点と線の絡み合った網のような感じでアメリカの独立前後(予定通りに刊行されれば南北戦争まで)の歴史と、アメリカという国家の思想的背景というかバックボーンのようなものを理解を深めることができると思う。
固有名詞として知らなかった人名や出来事の関連性が(ある程度)わかってくるというのは知的好奇心の観点はから面白い。
読みながら考えたこと
以下は紹介している『アメリカ人の物語』のどこかににそういう話が書いてあるということではなく、個人の勝手な感想です。
記録を残すことに関して
個人のやりとりした手紙などの資料が残っているというのは驚き。9.11のようなテロや小規模なものを除くと大きな戦乱に巻き込まれていないという点を差し引いても様々な歴史的な資料・建造物が保存されている点はすごいと思う。
公文書をさっさと破棄したり、情報公開請求しても黒塗りの文書しか出てこない日本に比べるとその差は大きいのでは……。
どうも政府と国民の関係というか、国の成り立ちの違いと言えばそれまでだけど、ちょっと違いがありすぎる。
現状のアメリカについて
ワシントンが生きていたら今のアメリカ外交をどう評価するのか。国際問題への積極的な介入(特に軍事的な介入)を支持するのか。
アメリカの建国初期に大統領は現在の大統領選挙の状況をどう思うんだろう。マスメディアを大々的に使ったやり方を好ましく思わないんじゃないかという気がしている。
そもそも建国初期の人々は現状のような多民族国家を望んでいたのかというと(私の理解では)ちょっと違うのではという感想。奴隷制度に関するスタンスを読む限り、あくまでも王政や宗教的権威からの自由、「自由な市民」で構成された国家を目指していただけで今のアメリカの政治的イデオロギーは初期の理想から派生した部分と、選挙を有利にするための後付けの部分があるんじゃないかというのが今の勝手な個人的見解。
時代の要請というか時代のうねりのような、個人の意思によってそうなったんではなくて、考え方の異なる集団同士のぶつかり合いの結果、そうなった、のかな、と。まあ歴史ってほとんどそういう当事者の思惑の斜め上で進んでいくんだろうけど。
まとめ
シリーズ1巻のメインはジョージ・ワシントンですが、日本史でいうと明治維新とその立役者についての人物ドラマみたいで面白いです。
そのうちローマ人の物語のようにビジネス誌の「経営者のオススメ本」特集に紹介される日が来るのではないかと密かに期待しています。
歴史関係の本が好きな方にはお勧め。価格がネックならKindle Unlimitedで電子版が読めるので、まずはそっちを読んでみるといいと思う。
特にこの先刊行される南北戦争についての巻を楽しみにしています。
以上です。