知識のブラックホール

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書評:『アメリカ人の物語1 青年将校ジョージ・ワシントン』

ちゃんとした書評を書こうと思いつつ、うまくまとめられずに入手から1年経ってしまった……。

『アメリカ人の物語 第1巻 青年将校ジョージ・ワシントン』およびアメリカ人の物語シリーズについての書評(感想)記事です。

電子書籍版の方は合本版でリリースされている分は全部読んでいるので、一部まだ紙媒体として出版されていない部分についての感想を含みます。

技術書は電子書籍の方が断然いいですが、人文系はハードカバー本の方が紙の質感、組版、その他諸々含めて趣があっていいと再認識している今日この頃。

アメリカ人の物語シリーズの概要

同じ名称でKindleでリリースされていたものが商業出版としてシリーズ化・再編成して出版されているもの。

アメリカ人の物語 第1巻 青年将校ジョージ・ワシントン (アメリカ人の物語 1)

アメリカ人の物語 第1巻 青年将校ジョージ・ワシントン (アメリカ人の物語 1)

特筆すべき点はアメリカ史の専門家が書いている点。小説家が歴史をネタに書いた小説の類と違って余計な脚色・演出の類は基本的にない。

現在のところ紙媒体版(商業出版)は2巻のまで発売されています。

タイトルが似ているように、構成にローマ人の物語と似ている部分もある。しかしながら、あの独特のくどい塩野氏の個人的な好みについての文章はない。なのでローマ人の物語のようなくどい文章が嫌いな人でも問題なく読めるはず。

Kindle版は合本版と分冊版が別れているので注意。またKindle版の第1巻はワシントン登場以前の、初期の移住者についての話から始まっている。

このシリーズのご利益

シリーズ全体を通して読むことで、以下について深く学べるはず。

  • 大統領選挙の選挙制度に至った背景
  • 二大政党制の源流*1
  • 連邦制の思想的背景
  • アメリカの建国の父と呼ばれる人々の人となり
  • 公共の善という概念

もちろん娯楽として読んでも面白い。

※ あくまでも個人的見解です。

主な内容

電子版の1巻の、初期の入植者とネィティブ・アメリカンの逸話(ジェームズタウン)はカットされ、ワシントンの家族・生い立ちの話からスタート。 家族の話は病気で亡くなったお兄さんの話が印象的。ワシントンの生い立ち、教育、そして軍人としての初期のキャリア。農園主としての生活ぶりなど。独立戦争の開始のきっかけとなった事件(第5章)のところまでが紙媒体版の1巻の内容。

この巻の特色は当時の時代背景と、当時の生活事情と人々の価値観。続巻では政治思想にもフォーカスが当たっていく。 当時の人たちの価値観とか、社会情勢も詳しい。インディアンがブランデーに弱かったとか、限嗣相続(げんしそうぞく)とかいうシステムは知らなかった。

そもそも教育を通じて古代ローマの影響を少なからず受けていたとか、政治的な主張に際してペンネームに古代ローマ人の名前を使ったりとか、地味な文化的背景についても興味深い。

電子版との差異

電子版の感想など:Kindle Unlimitedで読んだ本と簡単な書評(2016年9月後半) - ながいものには、まかれたくない

  • 表紙がオリジナルよりエレガントな雰囲気に(天使の挿絵)
  • 地図が見やすく、必要に応じて挿入図が追加されるなど詳細化*2
  • 参考文献と注釈のカット*3(紙面の都合から必然)
  • 挿絵のモノクロ化(webでカラー版が閲覧可能)
  • 紙媒体版の方が読みやすい印象
  • 年表が省略されている

出版社による編集が入った関係か、全体的に洗練されている印象。インターネットを使えば個人で本を出せる時代だけど、やはり出版社のプロの力は大きい。

ルビの振ってある箇所が大幅に減った。そもそもルビを振る必要のある単語自体がなくなって読みやすくなってる。電子書籍版は(理系の人間が)普段目にしない難しい単語が多くて読みづらかったが、 そういう箇所はほとんどなかったと思う*4

話の途中で登場する人物 の生い立ちに言及するところで年代が前後する箇所があるので各章ごとの年表はあったほうがよかったかも。

著者ご自身のページに電子書籍版に対応する年表はある。

アメリカ大歴史年表/アメリカ歴代大統領研究ポータル

感想

高等専門学校から大学に編入学した関係*5で、アメリカの歴史については小学館の「漫画世界の歴史」ぐらいの知識しかなかったのでこのシリーズ(電子書籍版含む)を読んだことによる知識の向上は大きかった。

アメリカの建国に関わった人物について、生い立ちや人となり、その人物の生きた時代背景について知るとガラリと変わった。 おそらくワシントンやフランクリンの個人の伝記を読んだとしても、それは個々の点か線を辿っているだけでしかない。

その点このシリーズだと面は無理だとしても点と線の絡み合った網のような感じでアメリカの独立前後(予定通りに刊行されれば南北戦争まで)の歴史と、アメリカという国家の思想的背景というかバックボーンのようなものを理解を深めることができると思う。

固有名詞として知らなかった人名や出来事の関連性が(ある程度)わかってくるというのは知的好奇心の観点はから面白い。

読みながら考えたこと

以下は紹介している『アメリカ人の物語』のどこかににそういう話が書いてあるということではなく、個人の勝手な感想です。

記録を残すことに関して

個人のやりとりした手紙などの資料が残っているというのは驚き。9.11のようなテロや小規模なものを除くと大きな戦乱に巻き込まれていないという点を差し引いても様々な歴史的な資料・建造物が保存されている点はすごいと思う。

公文書をさっさと破棄したり、情報公開請求しても黒塗りの文書しか出てこない日本に比べるとその差は大きいのでは……。

どうも政府と国民の関係というか、国の成り立ちの違いと言えばそれまでだけど、ちょっと違いがありすぎる。

現状のアメリカについて

ワシントンが生きていたら今のアメリカ外交をどう評価するのか。国際問題への積極的な介入(特に軍事的な介入)を支持するのか。

アメリカの建国初期に大統領は現在の大統領選挙の状況をどう思うんだろう。マスメディアを大々的に使ったやり方を好ましく思わないんじゃないかという気がしている。

そもそも建国初期の人々は現状のような多民族国家を望んでいたのかというと(私の理解では)ちょっと違うのではという感想。奴隷制度に関するスタンスを読む限り、あくまでも王政や宗教的権威からの自由、「自由な市民」で構成された国家を目指していただけで今のアメリカの政治的イデオロギーは初期の理想から派生した部分と、選挙を有利にするための後付けの部分があるんじゃないかというのが今の勝手な個人的見解。

時代の要請というか時代のうねりのような、個人の意思によってそうなったんではなくて、考え方の異なる集団同士のぶつかり合いの結果、そうなった、のかな、と。まあ歴史ってほとんどそういう当事者の思惑の斜め上で進んでいくんだろうけど。

まとめ

シリーズ1巻のメインはジョージ・ワシントンですが、日本史でいうと明治維新とその立役者についての人物ドラマみたいで面白いです。

そのうちローマ人の物語のようにビジネス誌の「経営者のオススメ本」特集に紹介される日が来るのではないかと密かに期待しています。

歴史関係の本が好きな方にはお勧め。価格がネックならKindle Unlimitedで電子版が読めるので、まずはそっちを読んでみるといいと思う。

特にこの先刊行される南北戦争についての巻を楽しみにしています。


以上です。

*1:このあたりの経緯について書かれているのは電子書籍の方の合本版の4巻か5巻あたり。紙媒体ではまだ先

*2:記憶違いで元からあったかもしれない

*3:あとがきによるとWebページへの掲載を予定しているとのこと

*4:むしろ読み手の問題

*5:高等専門学校の世界史の授業は適当でかつ語族がどうとかいう話が中心で古代王朝の話で終了した。そもそもセンター試験は受けていない。

書評:『ザ・プラットフォーム』

Kindle Unlimited経由。買わなくてよかったよ。

ザ・プラットフォーム:IT企業はなぜ世界を変えるのか?

ザ・プラットフォーム:IT企業はなぜ世界を変えるのか?

タイトルの「プラットフォーム」は間違いで、「コミュニケーション消費」に改めるべき。

前半は海外のITベンダ(Google、Facebook、Microsoft のプラットフォームについて、著者の推測を交えつつ解説している本。特にコンセプト動画の解説は面白い、があくまでも著者の見解であって公式なものではない。

前半の「共有価値観」というキーワード、4章の「ビジネスモデルの重力」というキーワードは興味深い。一方、自分がプラットフォームを立ち上げる、運営するために役立つかは疑問。

で、「どうやったらこの連中を倒せんの?」という問いには回答がない。  

はっきり言ってこの本より孫子の兵法を勉強すべきかなと思う。

超訳 孫子の兵法

超訳 孫子の兵法

5章は面白いが、日本型プラットフォームなるものは有害だと確信した。いかなる理由であれ顧客を甘やしてはいけない。

ネーミングという子供騙しで劣化コピーを正当化していたら国際競争に負ける。 

メールに互換性無視でShift-JISの独自拡張を使った連中の頭の中はこうなのかという点ではかなり興味深い。

目先の小銭拾いに熱中しているうちに気がついたら自分の庭が海外勢(外資系企業)の草刈り場になる。

消費者が目先の利益で動くのは仕方ないとして、経営側がリテラシーの低い顧客に媚び続けたから昨今の「お客様は神様」という風潮になっている。

5章の「健全な保護主義」というキーワードも疑問。安心してリスクを取れるようにプラットフォーム側が一部の企業を優遇するというのは聞こえはいいが、ただの依怙贔屓(しかも組織を優遇して個人を排除している)。何よりそういうリスクを取れるように支援するのは国家とか社会というプラットフォームの仕事で営利企業の仕事ではない。

プラットフォーム運営企業に権力を持たせてどうする。

この本の著者はやたら日本的なものの良さを強調しているけど、結局「人が介在している」、つまり人海戦術で、そして著者は搾取する側にいる。一定量の労働がないと成立しないものをGoogle やAppleにはない」って喜んでる。

労働は善っていう前提。

Amazonも宅配便のドライバー抜きにはどうにもならないんだけど、連中は自動運転とかドローン配送とか人を減らして人間を労働から外そうとしているという点で根本的に違うんじゃないかと思っている。

『プラットフォームは人を幸福にする』という意見については大賛成。ただしそれは日本人によるものではないと思う。他の国の人に任せよう。

だってケチくさいもん。


技術系の人や自分でプラットフォームを立ち上げたいと言う方は別の方の本の方がいいと思う。

ソーシャルアプリプラットフォーム構築技法 ――SNSからBOTまでITをコアに成長する企業の教科書 Software Design plus


こちらとしては以上です。


書評:『スタンフォードの自分を変える教室』

購入してから読み切るまでかなり時間をくってしまったけど、どうにか読み終えたので書評記事。

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

購入時点ではKindleより文庫版が安かったので久々に紙の本。

非常に有益な本。ただ耳に痛いというか真面目な内容なので読むのは楽ではないしあまり楽しくない。

役は非常にいいし文章もユーモラス。ただ、それでもワクワクするような内容ではないのでちょっとしんどい。しかし、ものすごく有益。

「意志力」をテーマにした本なのだが、この本を読み終えること自体が「意志力」を要求しているように思う。

役に立ちそうだと思った内容

人が誘惑に負けるのはどんなときで、それを防ぐにはどうするのがいいのか、心理学の研究成果を紹介しながら解説している。

読みながら自分のパターンを分析していけば生活習慣の改善につながる……はず。

モラル・ライセンシング

要約すると「こんなにいいことをしたんだから、ちょっとぐらいサボっても(or 悪いことをしても)許されるよね」という自己正当化。

ダイエットが失敗したり、学校の先生や政治家・宗教家のスキャンダルを見事に説明している。

個人的には官僚の天下りもこれで説明できるのではないかと思う(本文でも言及しているが)。

これに対する対処法は、自分自身の行動に対して「なぜ」と問いかけるというもの。自分が設定した目標に対して、なぜこれを実現したいのか、あるいは誘惑に負けそうなら、なぜ自分はこの誘惑を感じているのか、など。

効果的なストレス解消法

我々が普段実行しているストレス解消法には効果がないらしい。この本で効果がある、とはっきり明言されているのは以下のとおり。

  • エクササイズやスポーツをする
  • 礼拝に出席する
  • 読書や音楽を楽しむ
  • 家族や友達と過ごす
  • マッサージを受ける
  • 外へ出て散歩する
  • 瞑想やヨガを行う
  • クリエイティブな趣味の時間を過ごす

米国心理学界が例として紹介しているもの(P.220より)。 

本当に効果のあるストレス解消法は、ドーパミンを放出して報酬を期待させるのではなく、セロトニンやγアミノ酪酸などの気分を高揚させる脳内化学物質や、オキシトンなどの気分を良くするホルモンを活性化させます。また、脳のストレス反応をシャットダウンし、体内のストレスホルモンを減らして治癒反応や弛緩(リラクゼーション)反応を起こします。(p.220L9-L13)

そのほか

  • 自分が誘惑に負けるときはどんなときか
  • 責任感と意志力を向上させるには「自分を許す」
  • 落ち込んでいるときは誘惑に負けやすい
  • テレビのニュースや映画など、恐怖や不安を感じると衝動買いしやすい

まとめ

読んでいて楽しくないが、ショッキングで有益な本なのは間違いない。

この本は訳者あとがき込みで366ページと欧米人の書いたビジネス書にしてはやや薄い方だが読むにはエネルギーがいる。それなりの時間と注意力、そして何よりこの本のテーマそのものである『意志力』を要求される。

しかし、間違いなくその代償に見合った気づきや生活習慣の改善といったご利益をもたらしてくれるはず。

少し前に話題になった本ですが、読書の秋ということで時間の取れるときにこそ読んでみてはいかがでしょうか。

それでは。

書評:『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』

[asin:B00XXONU3E:detail]

日本一有名なニート*1、pha氏の本。

購入したのはKindle版。

特徴とか感想とか印象とか

暖簾(のれん)に腕押し」という感じの本。

そんなに肩の力入れずのやめて、ラクに行こうよって感じの本。哲学書?

非常につかみどころのない本というか、ふわふわした文章で一文の密度が低い。

まず、『逃げるのは間違いじゃない』という前提条件があって、その上でのポイントは以下の通り。

  • 一人で孤立せず、社会との接点を保つ
  • 自分が何が好きか、充実感を感じるのはどんな時か、を把握する
  • 無理をしない

特に2番目の項目が重要だと思う。

あとは著者の自分語りっぽかった。

自分の価値観に正直に生きればそれでいいんじゃないの、という勇気をくれる本。

著者と自分の比較

意外と好きなものが意外と共通している。ネット、本、引っ越し。ただその一方で決定的な違いがあってそれは「人付き合いが好きかどうか」。

この人は交友関係の広さが最大の武器なんではないかと思った。

結局、コネの有無が大きな違いなんじゃないかと思う。これは真似できそうにない。

人付き合い自体、嫌いだから。

まとめ

ネットの画像とか動画から受ける印象と、文章から受ける印象は違うな、と思った。

どうもつかみどころがなくてよくわかならない。

まあ、こういう人物が日本にいる、オピニオンリーダー的な活動をしている、というのはそれだけで価値があるように思う。


おしまい。

*1:著者本人は最近は時間給の仕事をしているらしいので元ニート?

問題を解く前に一歩引いて考える、あるいは問題解決の人間模様(書評:『ライト、ついてますか』)

コンサルタントとして有名な、ワインバーグ氏の著作のうちの一冊。

ライト、ついてますか―問題発見の人間学

ライト、ついてますか―問題発見の人間学

購入の経緯は某IT系のポッドキャスト。

トータル161ページで読みやすい。ただ、他のワインバーグ氏の著作を読んだことがあるとすると、読み応えがない感じがすると思う。

問題解決の事例と、安易に問題を解決した結果、他の問題が発生した事例とか、本音と建前の乖離の問題など、問題解決そのものだけでなく人間模様について解説しているところが一番の特徴。

教訓

  • その問題を解決する代わりに、問題を再定義できないか(エレベーターの動作を早くする代わりに暇つぶしを提供する)
  • その問題は誰の問題か(誰が困っていて誰が得をするのか)
  • 問題解決の手段として対人スキル(微笑を浮かべる、etc. )が有効な時もある
  • 解く価値のある問題か(本来の問題は別のところ、感情的な何か)
  • その問題を解決したいか
  • その問題を解決することで新たな問題が起きるのではないか

個別の具体例を引用するとキリがないのでやめておきます。

まとめ

薄くて読みやすいワインバーグ本の入門書。これであなたもワインバーグ信者の仲間入り。

伝道のためにはバランスのいい一冊ではないかと思います。


それでは。

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