知識のブラックホール

本とかオーディオブックとか。知識収集活動全般。

稼げる人間になるための言葉の使い方のマニュアル?(書評:『稼ぐ言葉の法則』)

今回の書評は『稼ぐ言葉の法則――「新・PASONAの法則」と売れる公式41』。

f:id:atuyosi:20160401203429j:plain

稼ぐ言葉の法則――「新・PASONAの法則」と売れる公式41

稼ぐ言葉の法則――「新・PASONAの法則」と売れる公式41

神田昌典氏の著作は久しぶり。学生時代に『非常識な成功法則【新装版】』を読んで以来。

今回は商品を紹介する上でのセールストークをどうするか、というテーマの本。

前半はいわゆるストーリーを考えるために、いかに商品の特徴を深堀りしていくか、そのための考え方の紹介。
後半は「貧す人(=うまくいかない人)」と「稼ぐ人(うまくいく人)」の対比から「稼ぐ言葉」とその考え方を解説。

いいと思ったところ

「はじめに」より(p.8):

多くの人は、商品を売るためには、気の利いた表現で描写すること——すなわち、「どのように(HOW)」言うか?」に注目するが、これは間違い
もっともっと重要なのは、「何(WHAT)を、どの順番(WHEN)でいうか?」なのだ。 (強調は原文ママ

表現にこだわることはあっても順番は考慮してないケースが多いような気がしますね。取扱説明書の章構成とか、注意書きの文章とか。


本文から(p.97):

一語がもたらす意識の微妙な違いは、仕事の質に大きな影響を与える。
意識の違いは、行動の違いを生み、行動の違いは、仕事の質の違いを生む。

なんかマザー・テレサが似たようなことを言ってたような気がしますが……。


公式17(p.136)より:

文章は情報を伝えるのではない。”感情”を伝えるために書くのだ(強調及び色付けは原文ママ


公式41『稼ぐ言葉の法則』(p.186)より:

「儲ける」は、漢字と部首に分けて考えると「信」「者」から成り立つように、顧客を信者化して、お金を得ようとする状態。利益を最大限に上げる目的で、顧客を依存させてしまう危険性がある。(中略)
一方、「稼ぐ」という言葉には、ずいぶん違ったニュアンスがある。(のぎ)偏からは、「家」に「禾」、すなわち愛する家族に(かて)をもたらす光景をイメージできる。 (強調は原文ママ)

「信」+「者」で「儲け」というのはよく会社の研修とかで出てくる話ですが、「稼ぐ」という表現はあまりビジネスマンは使わないように思います。 漢字の成り立ちはともかく、「稼ぐ」という表現の方が一生懸命というか、日本人的な感じがしますね*1


他にも「稼げる人(富める人」の言葉と考え方が解説されてます。

微妙なところ

一部カットされた内容が購入特典としてWebからダウンロードできるようです*2。 未掲載の原稿の一部をネタにメールアドレスを収集しようという手口。まあフォレスト出版だったか、以前もなんか同じようなことをやってたような気がします。

神田昌典「稼ぐ言葉の法則」ご購入特典

孫子の兵法でいうところの、「利益があれば相手を動かすことができる」の実践例。

そりゃ原稿書くのは大変でしょうけど、そんなに顧客のメールアドレスが欲しいんかよってなりますよね。捨てメアド用意するだけの話なんですが……。 まあ一つのセールストークの具体例として分析するのがいいでしょう。

まとめ

さりげなく「ライフワーク」や「使命感」という単語が出てくるあたり、ただの自己啓発本とは違うな、という気がしました。 神田氏の真骨頂は、商売への罪悪感の払拭にあると思っているので、その点では予想どうりの内容かと。

一度読んで終わりにしないように、定期的に読み返したいと思います。


それではまた。

*1:どことなく時間給のイメージがありますが

*2:まだダウンロードしてない

必要性というキーワードから読み解く現在とその先(書評:未来に先回りする思考法)

以前から気になっていた「未来に先回りする思考法 」を読みました。昨年の秋頃発売なのでやや古いですが。

ポイント還元20%でセール中、のようです。

本書のキーポイントは、「テクノロジー」と、「必要性」、そして「当たり前は時代とともに変化する」といったところでしょうか。 前半は過去のテクノロジーによる社会の変化のパターンを必要性に着目しながら紐解いていくという内容です。 後半はテクノロジーとの向き合い方、先を読むためのヒントといったところでしょうか。

一貫して「技術」ではなく「テクノロジー」という表現が使われているのも印象的です。

他の章もなかなか素晴らしい内容ですが、一箇所だけ興味深い箇所があったので引用しておきます(第4章より)。

国や時代を超えて共通する進化の原理には、個人が好きに変えられるほどの自由度はありません。そして、社会で生きる限り、その法則性から誰も逃れることはできません。魚は川の流れに逆らって泳ぐことはできますが、川の流れそのものを逆流させることはできないのと同じことです。 川の大きさに対して、魚である自分がやれることの少なさを感じて、一時期、私はとても落ち込んだことがありました。自分の存在する意義がないように思えたからです。
ただ、それでも敷いて自分が存在している意味を求めるとすれば、それは「来るべき未来の到来をできる限り早めること」にあるのではないかと、私は思っています。

これがエリートの悩み、なんでしょうか。私も自分の無力感を感じることはしばしばですが、今までこういう発想にたどり着いたことはないです。

著者の言う「来るべき未来の到来を早める」、というのは現在の社会における課題が解決した状態、すなわち現在より不幸な人が少ない世界、ということのようです。未来が現在よりも「より良い世界」であるなら、その到来を早めよう、という考えなんでしょう。表現は違ってもMake the world better place. という梅田望夫さんの著作で紹介されていた発想と相通じる考え方だと思います。

アメリカのIT業界と、日本のそれの最大の違いはこのあたりかなと思います。世界をより良い状態へ(時計の針を進める方向へ)というアメリカと、経費削減とかKPIの最大化に躍起になっている日本。

非常に考えさせられる一冊でした。それとやっぱり気になる本はさっさと読むべきと痛感しました。

書評:『「週4時間」だけ働く。』

何故か分かりませんが、心に訴えかけるものがあったので読んでみました。 久しぶりに紙媒体です。

f:id:atuyosi:20151109125333j:plain:w400

分厚いんですよ、これ。どこぞの英語文法本みたいに。

「週4時間」だけ働く。

「週4時間」だけ働く。

読み終えたのはいいですが、どこから手をつけていいのか、ちょっと整理できていません。

細かい交渉テクニックやツール、サービスも紹介されているのですが、要点を整理すると、次のようになるかと思います。

  1. 利益率の高い仕事・商材を見つけ出す
  2. 小さく試す(威力偵察?)
  3. アウトソーシングを活用する(他力の活用)
  4. ITの活用によるリモートワーク

上司とのネゴシエーションのための段取り、言い回し、ライセンスビジネスのための契約書の雛形まで掲載されており実践的です。著者が英語圏の方なので、当然、英語圏向けのツールや事例になります。 基本的な考え方は流用できるはず。

難点を挙げると、分厚いこと、それと細かいテクニックが多すぎて本質的な考え方をつかみにくいと印象を受けました。 いっそのこと2部構成にして、基本的な考え方、実例とテクニックとツール類の紹介、で分割してくれた方が良かったと思います。 もしくは実例を独立した章にして3部構成とか。

紹介されている例の多数で、まだ消化しきれていない感じです。
なかなか面白いと思った箇所を引用。

億万長者のインタビューの引用部分より(p.607 ボーナストラック)

キューバ 銀行に預けなさい。株式市場にお金を投資しろという馬鹿なことを言う人がいますよね。結局は市場の株価を上げたいからそうやって言う必要があるんですよ。彼らは何かの銘柄を売りたいんでしょう。(後略)

だから何って話ですが、株式投資への参加者が増える限り、株は値上がりするし手数料を取る証券会社は儲かりますね。そうですね。プロの投資家と勝負して情報と分析力で勝てると思うならやればいい訳で。

短時間で成果を上げたい、というよりは、時間や空間の束縛から離れたい、という方にオススメだと思います。

何はともあれビジネスのタネを見つけないとどうにもなりませんが。

それではまた。

善悪についてちょっと考えて見る?(書評:悪人のススメ いつまで「いい人」を続けるのですか)

物足りない本。ちょこちょといいこと書いてるなあとは思うけど。コスパは良くないな。

要約すると、一生「いい人」でいるのは無理があるから無責任な善人よりは適度にちょいワルで行こうってところか。 あとナメられてはいけない、かな。 まあ全くいいところのない本というわけでもないところがまた微妙。

秀逸だと思った箇所を抜き書きしておく。

自分をさらけ出すクセつけることだ。つまり、自分の悪もちゃんと人に見せる。いい人には、これができない。自分をよく見せようということしか頭にない。

引用されているニーチェの言葉もなかなかいい。

「悪人が害悪を及ぼすと言っても、善人が及ぼす害悪に勝る害悪はない」

どっちかというと引用元が素晴らしいようにも思うけど。

いじめ関連だと、引用されているアメリカのキング牧師のお言葉もいい。

「最大の悲劇は、悪人の暴力ではなく、善人の沈黙である。沈黙は、暴力の陰に隠れた同罪者である」

ごもっともで。

サラリーマンに参考になりそうなのは競争社会についての節。

好むと好まざるにかかわらず、そんなレースに参加してしまった時、どう振る舞うべきか。出世意欲など全くない人、他人を押しのけるのが嫌いなタイプの人は悩むかもしれない。
そんなときは、ゲーム感覚を取り入れてみればいい。

まあそいういうゲームだと思えば、罪悪感も薄れるか。殺し合いじゃないし? 競争そのものを全面的に肯定しているくだりは若干違和感がある。

あとは嫌われ云々というところ。我が道を行くなら一部の人間から嫌われても仕方がないというのは同感。

海外事例から聖書の故事まであれこれ事例を引き合いに出してはいるけど、どうもインパクトに欠ける。 まあ言われてみればそれもアリですね、みたいな感じ。体罰肯定論あたりにどうも昭和世代くさいと思ったら著者は1935年生まれだと記載があって納得した。

どうも何冊も自己啓発本を書いている著者というのは内容が薄いというか、はっきり言ってハズレが多めな気がしてならない。

表紙が類人猿なのな如何なものかと思ったが、内容的にも読者を少しばかりなめてないか。

同じような道徳観についての本だと、北野武さんの道徳の本をお勧めしたい。

まあ同じ著者の本は買わないと思った。

合理性と効率化のその先へ(書評:『東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない』)

去年あたりに話題になっていた(と思う)本。

東大の大学院を中退してプロのゲーマー(!!)になったという「ときど」こと谷口 一氏の半生を綴った本。

内容について

どう見ても著者と同年代です。大学院でやる気をロストしているという点は共通。

目次を紹介しておくと、以下のようになる。

序章 職業、ゲーマー
第1章 空気は読めなかったがゲームはうまかった日々
第2章 東大で研究に没頭、そして転落
第3章 大学院を辞め、プロゲーマーになる
第4章 プロ以降 ——情熱は論理に勝る
終章 いい人だけが勝てる世界がある


大雑把に説明すると、序章は著者の大まかな生い立ちと現状、1章〜2章が詳細な経歴。3章あたりからが武勇伝と、ゲーマーとしての葛藤と克服。

最初はまさに受験秀才という感じで、勝ちパターン(=公式)を見つけ出したらそれをとことん反復するというタイプ。そこから、勝ちパターンの通用しない相手への対処法(臨機応変に対処すること)、何をしてくるかわからない相手などとの遭遇を通じて人間としても技能面でも成長していったという感じ。

ゲームは詳しくないので勘違いしているかもしれませんが、最初は合理性の権化だった筆者が、徐々に価値観の変遷というか、自分の殻を破っていく過程は非常に面白い。

論理だの効率だのと書いている「ときど」氏ですが、勝ちパターンを確立した後はひたすら反復練習というあたりは、信じらえないほど泥臭い。

ある意味では要領の良さで世を渡る受験秀才とは次元が違う。

面白いと思ったところ

第2章より

僕はもともと、Sさんの情熱に当てられて研究に没頭しはじめた。Sさんという火の元がなくなれば、僕の情熱が消える。
(中略)
じゃあ自分が夢中でやれよと思うだろうが、そのとき僕は、自分で自分に火を灯せるような状態ではなかった。新しい火の元もなく、僕は自分に火をつけることができなかった。

京セラの創業者、稲盛和夫氏の自燃性、可燃性、不燃性という話を思い出した。 自燃性というのは、自ら情熱を持って物事に取り組み、周囲を感化していく人。 可燃性というのは、この場合、誰かの情熱に共鳴して物事に取り組む人。最後の不燃性というのは、人のやることを批判したり、他人の情熱を奪う人のことを言う。

研究者という観点では「ときど」氏は可燃性タイプの人間だったのか。 ……自分も可燃性だな、昔はともかく今はそう。

第3章より

僕の合理性は、僕の情熱が生み出したものだった。情熱から生まれた合理性こそが、僕を成功や達成感に導いてきた。だから僕は自分が情熱を燃やせる仕事を選んだ。情熱を持って仕事をしている人間がいる世界を選んだ。

いい決意。今の日本社会にかけているのはこういう発想。

今の自分に情熱を燃やす対象はないけどね。

第4章より

プロとしての心構え

では、プロとアマチュアの違いは何か。それは、「業界の発展をどれだけ考えられるか」ということだと思う。

これは素晴らしい発想だと思う。果たして今のプロスポーツ選手にこう言う考え方の人間がどれだけいるだろうか。

例えば業界の発展を考えている経営者と、目先の利益だけを考える経営者。 プロと言えるのは前者でしょう。スポーツや将棋などの競技選手に限らず、経営者に置き換えても通用するような気がします。

ごり押し戦術

僕の戦い方は、言ってみれば、「ひとつの絶対的な勝ちパターンを編み出して、それを相手に押し付ける」ものだった。過去の僕は、このやり方で勝ち星を積み重ねてきた。それだけ強力な公式だったわけで、大多数のプレイヤー相手なら、この戦法でまず圧勝できた。

相手に押し付けるという発想は新鮮。マジック・ザ・ギャザリングというカードゲームをやってた頃の自分と似てる。自分の場合はいわゆる緑単速攻、ストンピィというタイプ。速攻ごり押しで相手のライフを削るというやつ。コストパフォーマンスのいいカード、攻撃を補佐する特殊カード*1の組み合わせを追求するという。

駆け引きもなしの力押し。ちなみに長引くとすごい不利。そして相手と観客はちっとも楽しくない。

なるほど、Aという技にはBという技で返すと有効だ——そう発見したら100年目、ほかのことに見向きもせずに練習するが、そのBという技が返されたらどうしようとは、まったく想像すらしない。

うん、自分と似てる。思考の底の浅さ、と言えばいいのか。一種の早とちりとも言える。

成功者は自分のやり方に固執して失敗する、という話?

勝っている限り、自分のやり方に固執する。うまくいっているのだから、それ以上の改善は要らない。試行錯誤が止まる。そして、いざ自分のやり方が通用しないとなると、混乱して慌てふためくのだ。

このあたりは私も同じ。正解(またはそれらしきもの)を見つけるとそこで思考停止というか、満足してしまいがち。

相手は人間

予選で勝った相手に、それも同じ日の決勝トーナメントで負けた話から。

やはり受験とゲームは、違ったのである。タスク処理能力だけでは、人間には勝てない。格ゲーは、人間対人間の勝負ごとだ。レベルが上がれば上がるほど、公式が通用するような、定型的なものからは逸脱していく。より複雑で、より予測がつかないものになる。マシンでは勝てない世界になっていく。

特定のパターンをプログラムされたコンピューターと、即座に修正・対応できる人間の差。 操作の正確さを突き詰めていくと、臨機応変に対応できるかが問われるというのは興味深い。

最短ルートか、それとも

勝ちたいあまり、勝ちに直結するような選択肢ばかりを探そうとしていた。しかし、勝ちに即つながらない選択肢のなかにも、強さの理由は隠れているのだと、僕は学んでいった。

一言でいうと、迂直の計かな。最短ルートを突っ走ろうとすれば相手には見え見えの一手になってしまう。あえて遠回りするふりをして油断させる、あるいは自分に都合の良い状況を作り出す。

よく考えると、受験にはそういう思考訓練の要素はあまりない。とすると、東大に合格するほどの人間であると、駆け引きより最短ルートまっしぐらという方向性になるのも無理なしか。

感想

ゲームと私と

実を言うと、私はテレビゲーム禁止の家庭で育っています。ゲーム自体は親に隠れてゲームボーイポケモンをプレイしたり、友人宅で多少はやったことがあるぐらいです。 高専の寮で多少はやったりもしたけど。

要するにゲームは苦手ですし、好きじゃないです。だってボロ負けですから。家にないものはどうしようもない。例えるなら、いつもバスケットボールをしている子供相手に ドリブルすらマトモにできない子供を対戦させたらどうなりますか*2

まともに勝負になリません。基礎的な動作ができていないわけだから。

反復練習の時間さえ与えられない限り、改善はしません。そういう点においてはゲームも運動も同じですね。 私はテレビゲームで相手に勝ちたいと本気で思ったことはないです。なぜかはわかりません。

学校の勉強はできましたからあまり悔しいと思わなかったのでしょう。 根本的に負けん気、つまり勝利への情熱みたいなもがなかったんですね。

まとめ

本書の内容とは外れますが、よく経営者が好むキーワードとして、ヒト・モノ・カネというものがあります。 インタビューなんかでも「この3つのどれか最も重要だと思われますか?」という質問があったりします。

本書を読んでみて、私の答えはこのいずれでもなく、情熱であると思いました。

情熱がなければ困難に打ち勝とうと思わない、つまり、やる気が湧かないでしょう。

本書の要点は、ゲームで相手に勝ちたいという情熱が論理的な思考や徹底的な反復練習につながった、というものです。 合理性と泥臭さの同居、そしてそれを支える勝ちたいという情熱、その辺りが成功の鍵だったのかなと思いました。


それでは。

*1:怨恨とか樫の力とか

*2:私はバスケットボールのドリブル自体できません。なぜなら体育の授業というのは、ドリブルのできない子がいても試合形式に切り替わってしまい運動の苦手な子は置いてけぼりにしてしまうからです。

広告