知識のブラックホール

知識収集活動全般。

IT業界への愛にあふれた一冊?(書評:『「納品」をなくせばうまくいく』)

著者のIT業界、特にシステムインテグレーション業界へのアツい愛を感じる一冊。

ITに限らず現在の商慣行、労働契約のあり方に一石を投じる点で興味深い。

購入したのは去年でKindle版。

著者のブログ:Social Change! ソニックガーデン SonicGarden 倉貫義人のブログ

著者は仕事が好きでしょうがないというタイプの人ではないかと思う。

本書で言うところの「納品」をなくす、というのは受託開発における納品で、ビジネスモデルを受託開発から月額料金方式のサービスという形に変えるという主張。 著者の経営する会社における実例を挙げて解説している。

一番の特徴は完成責任を請け負わないという点。

契約したからどんな困難があっても履行しろ、という発想が人を不幸にしているケースはかなりあると思う。

完成責任を負わない、まさにこれこそ契約書で不合理をゴリ押す、という現在の商慣行への一番の反抗ではないか。 雇用契約にしてもそうなんだけど、暗黙のうちに業務を完遂することを保証させられてるケースのなんと多いことか。

本書で登場する顧問弁護士ならぬ顧問エンジニアという発想は面白い。


また、納品がない、つまり明確な納期がないということは、プログラムを書く側からすると納期のために妥協しなくていいという意味でやりがいにつながる。 納期のために自分で自分のプライドを傷つけるようなひどいコードを書かなくていいのは(人によるけど)大きいと思う。

一番印象的だったのは下記の箇所。少なくとも普通のIT業界関係者はこういうことは言わない。とにかく受注して納品しないとお金が入ってこないから。

顧客にとっては、ソフトウェアは完成させるだけでは意味がありません。それ以後にどれだけソフトウェアを「使う」ことができるのか、に意味があります。( 位置No. 274)

また、受託開発そのものはともかく、日本の技術者全体のために以下の考え方は広まって欲しい。

実は、ソフトウェア・エンジニアと、時間で働く人材派遣は、相性がよくありません。 本来、ソフトウェア開発におけるエンジニアの仕事は、時間に換算できるものではないからです。 決められた時間内に同じ仕事場の一角に座りつづて仕事をすることではなく、仕事の成果を見るべきです。 (強調は原文ママ)(位置No. 494-496)

エンジニアに限らず頭脳労働者は時間給と相性が悪いと思うのでこれは全面的に同意。すでにあるものを量産するのと新規開発するのは別に考えて欲しい。 ただ単に時間当たりの生産性で評価されると、試行錯誤が伴うであろう新しいことへのチャレンジを忌避するようになってしまう。

本書全体への感想と、個人的に考えたこと

受託開発系のIT企業としては一種の理想郷かもしれないが、実際に働きたくはない。理由は良くも悪くもしんどそうだから。エンジニア云々と言ってるけど、ほとんどコンサルタント化している印象。毎週毎週が全力疾走というイメージ。

人月単価という呪いからは逃れたかもしれないけど、「人」で勝負する点では変わらない。人数を集めて「量」で勝負するか、少数精鋭でスタートアップ企業を相手に「質」で勝負するかの違いに見える。商売のやり方としては月額料金システムで継続的に収入が入るので非常にいいとは思う。

ただし、あくまでも「人」で勝負してる点では受託開発と根源的には変わってない。ビジネスモデルで勝負しているように見えていまひとつシステマチックになっていない。お金を稼ぐ仕組みとしては新しくないし、働く側が楽かと言われると疑問。

ビジネスモデルが変わっていても受託開発自体が好きでない限り結局は同じだと思う。

また、会社の規模もスケールしにくいし、SI業界全体に広まるかというと疑問*1

やりがいとか達成感より時間当たりの収入とか、労働そのものを減らすという方向を目指せないものかと考えてしまう。

まとめ

IT業界で働き方に悩んでいる人には何かのヒントになると思う。著者の志は評価する。 ただ、自分としてはコンピューター自体は好きだけど、この本の著者のように受託開発(もしくはプログラミングそのもの)が好きかと言われるとそんなことはない。

Webサービスそのものに感動したり、面倒な作業をプログラムを書いて一瞬で終わらせたといった経験はある。プログラミング自体を楽しいと思ったことがないわけでもないけど。

そこに気づいたのが一番の収穫。

関連書籍

同じ著者の第二作。こちらは同じ事業所に集まって仕事することの必要性について問題提起している。

*1:会社の規模を大きくしようという意欲はあまりなさそうな会社ではある

自由についての試行錯誤!?(書評:『自由をつくる自在に生きる』)

自由をつくる自在に生きる (集英社新書 520C)

自由をつくる自在に生きる (集英社新書 520C)

森博嗣氏の、自由についてのエッセイ本。 実を言うと、この著者の本を読むのはこれが初めてです。

代表作の『すべてがFになる (講談社文庫)』の名前ぐらいは聞いたことがある、というだけです。

どこかのブログで紹介されていたので読んでみました。

概ねタイトルから予想した内容でしたが、期待以上でした。いい刺激になったと思います。

まえがきにある通り、具体的に自由になる方法が書いてあるわけではないです。

最後まで読んでもらっても、結局のところ、簡単には自由は得られない、ということがわかるだけだろう(それがわかっただけでも価値があるとは思うけれど)。(L.15)

しかしながら、いきなり「自由」と言われてもピンとこないのではないでしょうか。そもそも本当の自由とは何だろうか、というところからスタートするのが本書です。

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書評:『日本語のしくみ』

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人文系の本は久しぶり。外国人向けの日本語教育について疑問に思うところがあって、日本語教育関連の本を図書館で何冊か借りてみました。今回はまず一冊目。

今回紹介するタイトルは『日本語のしくみ (言葉のしくみ)』。

日本語のしくみ (言葉のしくみ)

日本語のしくみ (言葉のしくみ)

概要

「言葉のしくみ」シリーズのうちの一冊らしい。

どういう層が対象読者なのか、よくわからない。日本語について体系的に解説しているというよりは、日本語文法の典型的なトピックを幾つかピックアップしてアラカルト風にまとめた本という印象。

一般大衆向けの教養本というよりは、言語の比較研究に興味を持った人への入超門書でしょうか。

また、縦書きかと思ったら意外なことに横書きでびっくりした。確かに英語との比較箇所があるので横書きの方が違和感ない箇所も多いです。

価格は146ページで1600円と少し高め。逆いうとページ数が少ない分、それほど時間をかけずに読める。

第1部、第2部の2部構成。

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ホリエモンのセカイ評(書評:『君はどこにでも行ける』)

久しぶりに堀江本。

Twitter見てると失望するけど、本の中のホリエモンはまだ終わってはない、ような気がしてる。実業家としてはまた一世を風靡しそうではあるけど、日本のマスコミが取り上げるかどうかはまた別の話。

君はどこにでも行ける

君はどこにでも行ける

内容紹介

目次は以下のとおり。

はじめに
第1章 日本はいまどれくらい「安く」なってしまったか
第2章 堀江貴文が気づいた世界の変化<アジア編>
第3章 堀江貴文が気づいた世界の変化<欧米その他編>
第4章 それでも東京は世界最高レベルの都市である
第5章 国境(ボーダー)は君の中にある
特別章 ヤマザキマリ×堀江貴文[対談]
おわりに


ざっくり言うと海外を飛び回ってるホリエモンの目から見た世界情勢と日本の現状についての解説。日本にいたいならそれでいいし、外に出たいならそれもありだよ、的な感じ。

以下、感想など

購入したのは電子書籍のほうなのでページ番号とかはナシ。

第1章

  • 大相撲はグローバル化の成功例らしい
  • 逆にもたついてるのがJリーグ*1
  • 「買収」より「バイアウト」。言葉のニュアンスで損をしないように言い換える?
  • マイルドヤンキーはマイルドヤンキーのまま
  • エリート層は外へ出て、さらに稼いでお金持ちになっていくらしい
  • 外国人の大富豪のところに日本人女性が嫁ぐ時代

第2章

シンガポール

位置No. 653:

人は、生まれた場所で死ぬ義務はない。

名言。

タイ

位置No. 1028:

遊びがビジネスになったとき、誰が儲かるか? 当然遊びの達人だ。コンサルティングビジネスと同様に、遊びを極めたものだけが持っている知識が、高い値段で売れるようになる。ロボットに代用されない生き方の一つにこういう明るい可能性がある。遊びを極めれば、仕事になる。これまでと逆の考え方が、一つの勝ちパターンになっていくのだ。

ロボットに遊びはできないよね。これは面白い発見。ドラえもんのび太の「あやとり」みたいなもんだろうか。『遊びを極めれば』というのはきっと『何かを極めれば』とも言えるような気がしている。

第3章

アフリカ

リープフロッグ(カエル跳び)現象

位置No. 1633:

いま〝リープフロッグ(カエル跳び)現象〟が起きているのだ。  普通、技術は段階的な進化を遂げるが、従来のスタンダードなインフラの導入をひと足飛ばして、現在のニーズに合った最新技術のインフラを利用して、一気に最先端に進化する現象だ。

非常に興味深い。現金やクレジットカードをすっ飛ばして電子マネーとか、資本主義が不完全なままシェアリングエコノミーに移行する可能性とか、アフリカにはいろんな可能性はあるんだろう。


位置No. 1651:

教育は、義務教育を敷いている国はまだ少ないので、学校の代わりに授業アプリや受験アプリで勉強できるシステムが、取り入れられる可能性もある。 一度も学校に通っていない、大学にも行っていない、だけどものすごい才能を持ったアプリプログラマーが、アフリカの奥地で誕生してもおかしくないのだ。

これはすごいんじゃないだろうか。今日本で教育コストがどうのこうのとか言ってるけど、そもそも学校自体がなくなる可能性があるんだから。 就職の応募要件に、大卒以上とかじゃなくて「○○のオンライン講座を受講」とか「○○のアプリでスコアXX以上」とかいう日が来るかもしれない。

学校に行かない教育ってものにすごい可能性を感じる。日本でも"N高校"とか言ってるけど。あれはまだ高校という枠組みとカリキュラムがあるわけで。

途上国に小学校を作るなんてのはもう時代遅れなのかもなあ、とか思ってみたり。

第4章

この章の感想としては、外国人として東京に住むのが最強なんじゃねって感じ。日本は働くところではない。

おわりに

位置No. 2500:

僕は約3年前からノマドになった。家やマンションは持たず、日本でも海外でも、基本的にはホテル暮らしで、自由に移動を繰り返している。

いいなあ。是非ともこういう生活がしたい。

一番の驚き

アベノミクス以前の円高のイメージがあるせいか、日本の生産性の高さからいうと円高が自然と思っていた。もうそういうのは幻想なんだろう。

アジアの他の国から見た日本というのはは割安で便利なショッピングモールなんだろうな、と。アジア全体を地方都市に見立てて、郊外にあるイオンモールのイメージ。アジアの盟主とかリスペクトじゃなくて、週末に時間をつぶすところなんじゃないか。

対アジアという意味では根本的に発想をあらためないといけないのかと痛感した。

それと自分が普段、他の国の人口やGDPを意識してないなあ、と痛感した。これからはそういうところも踏まえてニュースとか見ようと思った次第。

まとめ

良くも悪くも人間の感情・心情について考えない人だなあと。海外旅行未経験なので*2、堀江氏の世界情勢の判断はちょっとわからない。でも大きく外れてはいないと思う。

堀江氏は日本国内の反韓感情など人間の感情面をわかってない印象。そういう感情面にとらわれずにロジカルかつドライに判断してきたら成功したんだろうけど。もし堀江氏がストレングスファインダーの診断を受けたしたら、間違いなく「共感性」は入ってないだろうし、それが彼の一番の特徴かな。

娯楽として読んでもいいし、一種の観光ガイドとして読んでもいいと思う。あと、今まで読んだ堀江氏の本の中では一番表現がこなれていて違和感がないという感想。

*1:外国人選手枠など(野球もいっしょか)

*2:今までそういう欲求がなかったもので。パスポートは取得済みだけども

稼げる人間になるための言葉の使い方のマニュアル?(書評:『稼ぐ言葉の法則』)

今回の書評は『稼ぐ言葉の法則――「新・PASONAの法則」と売れる公式41』。

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稼ぐ言葉の法則――「新・PASONAの法則」と売れる公式41

稼ぐ言葉の法則――「新・PASONAの法則」と売れる公式41

神田昌典氏の著作は久しぶり。学生時代に『非常識な成功法則【新装版】』を読んで以来。

今回は商品を紹介する上でのセールストークをどうするか、というテーマの本。

前半はいわゆるストーリーを考えるために、いかに商品の特徴を深堀りしていくか、そのための考え方の紹介。
後半は「貧す人(=うまくいかない人)」と「稼ぐ人(うまくいく人)」の対比から「稼ぐ言葉」とその考え方を解説。

いいと思ったところ

「はじめに」より(p.8):

多くの人は、商品を売るためには、気の利いた表現で描写すること——すなわち、「どのように(HOW)」言うか?」に注目するが、これは間違い
もっともっと重要なのは、「何(WHAT)を、どの順番(WHEN)でいうか?」なのだ。 (強調は原文ママ

表現にこだわることはあっても順番は考慮してないケースが多いような気がしますね。取扱説明書の章構成とか、注意書きの文章とか。


本文から(p.97):

一語がもたらす意識の微妙な違いは、仕事の質に大きな影響を与える。
意識の違いは、行動の違いを生み、行動の違いは、仕事の質の違いを生む。

なんかマザー・テレサが似たようなことを言ってたような気がしますが……。


公式17(p.136)より:

文章は情報を伝えるのではない。”感情”を伝えるために書くのだ(強調及び色付けは原文ママ


公式41『稼ぐ言葉の法則』(p.186)より:

「儲ける」は、漢字と部首に分けて考えると「信」「者」から成り立つように、顧客を信者化して、お金を得ようとする状態。利益を最大限に上げる目的で、顧客を依存させてしまう危険性がある。(中略)
一方、「稼ぐ」という言葉には、ずいぶん違ったニュアンスがある。(のぎ)偏からは、「家」に「禾」、すなわち愛する家族に(かて)をもたらす光景をイメージできる。 (強調は原文ママ)

「信」+「者」で「儲け」というのはよく会社の研修とかで出てくる話ですが、「稼ぐ」という表現はあまりビジネスマンは使わないように思います。 漢字の成り立ちはともかく、「稼ぐ」という表現の方が一生懸命というか、日本人的な感じがしますね*1


他にも「稼げる人(富める人」の言葉と考え方が解説されてます。

微妙なところ

一部カットされた内容が購入特典としてWebからダウンロードできるようです*2。 未掲載の原稿の一部をネタにメールアドレスを収集しようという手口。まあフォレスト出版だったか、以前もなんか同じようなことをやってたような気がします。

神田昌典「稼ぐ言葉の法則」ご購入特典

孫子の兵法でいうところの、「利益があれば相手を動かすことができる」の実践例。

そりゃ原稿書くのは大変でしょうけど、そんなに顧客のメールアドレスが欲しいんかよってなりますよね。捨てメアド用意するだけの話なんですが……。 まあ一つのセールストークの具体例として分析するのがいいでしょう。

まとめ

さりげなく「ライフワーク」や「使命感」という単語が出てくるあたり、ただの自己啓発本とは違うな、という気がしました。 神田氏の真骨頂は、商売への罪悪感の払拭にあると思っているので、その点では予想どうりの内容かと。

一度読んで終わりにしないように、定期的に読み返したいと思います。


それではまた。

*1:どことなく時間給のイメージがありますが

*2:まだダウンロードしてない

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